登入ドゴーン!!ボォッ!!
王宮の方から突如現れた巨大な黒い化け物。 現れて暴れ出したと思ったら突然地面に倒れ、倒れた場所から巨大な黒い炎の火柱が天に向かって燃え盛る場面をシルフの騎士団達は見ていた。 「何だ、デカい化け物が出てやばいと思ったらまた消えたぞ!」 「奴らは人間なのか!?」 「いや、あのイフリークの団長さんもヤバいだろ。ずっとあの調子でかれこれ20分以上は戦ってるぞ。」 カイルやシルフの騎士団達は操られた国民を食い止める為に高速で移動しながら奮闘していた。 カイルが影を斬って国民の動きを制限してからシルフの騎士団の拘束魔法で完全に動きを止める戦いをしていた。 しかしカイルの影を剣に纏う力はそう長くは続かず、どこかで一度解除されてしまう。 解除されてから何度も影を剣に纏ってを繰り返しているのだが、この魔法は身体能力を無理やり上げている為、1回でも身体への負担が大きい。 カイルは既に4回ほど繰り返し使っており、それを駆使しながら国民の100万人ほどは1人で動きを止めていた。 一方フィナも時間を止めた際、他の騎士団が拘束魔法を国民に掛けて動きを止めていた。 フィナの時の断罪(クロノ・ジャッジメント)は時間を止める対象を選択出来る為、騎士団の団員やカイルは時間を止められる事なく動けている。 しかし、カイルにも限界が来ていたのか徐々に動くスピードが遅くなる。 それはその筈。 イフリークでの戦いに加え、不眠不休でティラーデザートの途中から何時間も掛けてシルフまで歩き、更には今こうやって4500万もの国単位の人口を相手にしてる。 それで動けているのが不思議なくらいカイルも人間の域を超えていた。 「(絶対に、止めてみせる!もう誰も失わない為に!)」 その想いがカイルの動力源となっていたが、とうとう限界が来た。 カイルは再び影を剣に纏おうとするが急に血の気が無くなったような意識消失が起こり、地面に倒れようとする。 「(やばい…意識が…)」 そしてそのまま地面に倒れてしまった。 既にカイルの周りにいた国民は全て影を斬られて戦闘不能状態になっていたが、他の国民が襲ってくるのも時間の問題。 周囲の国民は標的を倒れたカイルに移し、ゾロゾロと歩み寄ってきた。 「カイル君!ー 時の断罪を受けよ。時の審判(クロノ・ジャッジメント)!」 カイルが倒れた事に気付き、フィナは時間を止めてカイルの所まで移動した。 「しっかりして!死んだらダメよ!」 「…あ…すいません。どうやらやり過ぎたみたいですね…」 目を開けると意識が朦朧(もうろう)としていたが、徐々に普通に戻っていく。 「もうこれ以上戦うのは無理よ!あなたは逃げて!この国と運命を共にする必要は無いわ!」 「…ここまで来て何言ってるんですか?言ったでしょ?全てを投げ売る覚悟で戦うと。」 そして再び影を剣に纏わせる。 「フィナさん、今何人程動きを止められましたか?」 「あなたが今で300万人程で、私たちは400万人ってとこよ。」 「そうですか…ご協力、感謝します。」 そして再び一瞬でその場からいなくなると、一瞬で100人程の国民の動きが止まった。 「何て動きなの…」 「大変です!フィナ様!」 「ティムス!どうしたの?」 フィナに話かけたこの男は、元魔導兵であったが辞めて騎士団に入団したティムス。 シドが殺された経緯を偶然見てそれをフィナに教えた男だ。 その男が血相を変えて走ってきた。 全力で走ったのか疲労で息を切らし、落ち着いてから口を開いた。 「大変です!北の方から悪魔と思われる黒い大群がこちらに向かっています!」 「何…ですって?」 何でこんな事態の時に悪魔なの…しかも大群って意味が分からない。 もしこんな状況で悪魔が来たら、国民を救う前に全員悪魔にされてしまう! けど、もう悪魔に回せる人はもういな… 「フィナ様!一度後退しましょう!今国民を悪魔にされるより、まず悪魔を殲滅する方が先決かと思われます!」 「そうね。そうしましょう。スゥーッ…全員後退して!北の方から悪魔が現れたと報告があった!国民よりも悪魔討伐に変更させる!直ちに後退せよ!」 フィナが命令すると騎士団達は拘束した国民を置いて一斉に後退した。 拘束されてない国民もそれを追う様に歩いていたが拘束された国民を踏まず避けて歩いているのが不幸中の幸いだった。 そのおかげで国民は傷付かず更に必然と遠回りになる為、後退するには十分な時間稼ぎとなった。 しかし、またもやカイルがとんでもないことを言い出した。 「フィナさん!後退する必要はありません。僕が今向かって来てる悪魔を倒してきます!だから、フィナさん達は国民を食い止めて下さい!」 「何を馬鹿な事を言ってるの!?あなたさっき倒れたじゃない!そんな身体で悪魔に勝てるわけないでしょ!」 「大丈夫です。多分悪魔の方が戦い易いですよ。悪魔相手なら、遠慮なく領域を使って斬れますしね。」 そう言ってカイルは剣に纏っていた影を解除し、足元の影が浮いて出て来た。 「では、この場は任せます。僕はこの影に乗って北から向かってくる悪魔を倒してきます。」 影は龍の様な形に作られ、影の龍はカイルを乗せて北の方へと飛んでいった。 カイルの魔力は影が源であり、カイルの精神力が続く限り減る事がないのである。 「それにしてもこんなタイミング悪く悪魔が現れるなんて。どうなってるのかしら…いや、そんな事考えても仕方ない!皆んな!後退するのを辞めて、再び国民を拘束するのです!」 「「了解!!」」 そして再び騎士団とフィナは国民の方へと向かった。 北の方へ向かったカイル。 地面に着地すると同時に目の前にいた悪魔数体がカイルに向かって襲いかかって来た。 しかしその数体はカイルが影の領域を広げ、長剣2本を3回振るった事で悪魔数体の身体は7つに分断される。 「やはりこっちの方がやり易いな。俺に物量戦は意味が無いぞ!」 そして全員を一気に斬ろうと影の領域を拡大するが、思ってた領域よりも半分以下しか拡げられなかった。 「あれ、全然拡げられない。そりゃそうか。ずっと戦いっぱなしだもんな。」 拡げた影の領域の状態で長剣を振るうも自分の近くに居た悪魔は殺せたが、端にいた悪魔は浅い傷だった為殺せなかった。 「くそっ、全然殺せなかった!もう一度…やばい、全然拡げられない…」 影の領域を再度拡げようとするも今度は直径10m程の小さな範囲しか拡げられなかった。 それを見た悪魔はカイルが影を拡げられない事に気付き、ゲラゲラと笑った。 「ウッヘッヘッへ!何だ、もうそれ出せないのか?おい、あいつから殺るぜ!」 1体の悪魔がそう言うと一気にカイルへ襲い掛かる。 領域を拡げられなかったカイルは影を剣に纏わせて応戦する。 影を纏わせる事により身体能力が向上したカイルは一瞬で悪魔達の影を斬り、動けなくなった所で更に肉体を斬り刻む。 しかし、国民を止める為に何度もそれを使っていたカイル。もう長くは持続しない筈。 持ってあと5分。 5分の間にここに居る悪魔の大群を全員殺さなければならない。 しかしこの悪魔の大群には別格の強さを持つ悪魔が7体、今戦ってる悪魔の大群の後方にいた。 その悪魔は獄魔7将程では無いが、もし獄魔7将が居なければ間違いなくそいつらが代わりになる実力者である。 そしてその内の1体の悪魔が他の悪魔の間を退けながらカイルの方へと近づいく。 「どけどけ!何か骨のある奴が居るじゃねえか!」 「人間にしてはやる様ね。我々獄魔上位7体の相手になるかどうかは分からないけど。」 7体の獄魔の中に居た男性型と女性型の悪魔が口を開く。 そして、その男性型の悪魔がカイルの方へ一瞬で移動した。 「ヒャッホォーウ!!」 そして何なくカイルを殴り飛ばした。 「ぐっ!何だ、この悪魔。俺の剣に対応して来た?」 「へへっ、お前中々な剣使いだな!だが、それ頼りに戦ってる様じゃ俺には勝てねーぜ?」 「何だと…グフッ!」 そして更にその男性型の悪魔の蹴りが腹部に直撃し、後方へ吹っ飛ばされる。 「おーい、行ったぞ!」 その先には先程の女性型の悪魔がカイルの吹っ飛び先に立っていた。 「分かってるわ。ーゼロの空間に囚われろ。」 女性型の悪魔がそう唱える事により、吹っ飛んだカイルは女性型の悪魔の前まで来る事によりゆっくりと止まる。 それは重力のない空間に対象の相手を留める魔法であり、カイルの動きを封じたのだ。 そして女性型の悪魔は自身の手から長い爪を出し、5本の爪はカイルの腹部を貫通させた。 「グァァァァァァァァ!!!」 「あはははははは!何これ、玩具にもならないじゃん!要らなーい!パス!」 そう言ってカイルにかけた魔法を解くと再び蹴りをいれた。 そして他の5体の悪魔の方へ順番に蹴り飛ばされ、最後の蹴りによってカイルは仰向けの状態で倒れ動けなくなる。 「グハッ…ア…」 「おいおい、何が骨があるだよ。全然楽しくなかったぞ?」 「まっ、いーんじゃね?これで一応命令通りイフリーク団長は殺せたんだし!」 「まだ死んでないっつーの!つーかまだ息してるし!」 「早く殺してしまうか。」 「え、じゃあ俺に殺させてくれよ!それくらいいーだろ?俺殆ど何もしてねえし。」 カイルをボコボコにした悪魔達は誰がカイルを殺すかで話し合っていた。 くそっ、俺ってこんなに弱かったのか。 「騎士団5000人分の力といっても、その5000人というのは雑魚5000人分の力。大抵はそのお粗末な影の領域で戦い勝ってきたというところか。その程度では俺にかすり傷1つ付かんぞ。」 ハイドの言葉が頭の中で浮かぶ。 本当にその通りだ。俺は今まで弱い奴とばかり戦っていた。 レヴィアタンの時だってそうだ。俺は強大な力を持った奴に勝てた事がない。 ただ、弱い奴に勝って良い気になってただけの雑魚の1人だったのか。 カイルは仰向けになりながら自身の弱さに涙を流す。 そして、それと同時に背中から黒いオーラが滲み出た。 この世界に存在する人類の敵、未だ謎の生命体である悪魔。 現在、種類は3つ存在する。 悪魔に殺された事で復活した通常の悪魔。 10年前の超日食の日にキュアリーハートで突如現れた悪魔の上位種、獄魔。 そして7つに分断されし7体の悪魔、獄魔7将。 (他にもイフリークを襲撃したPDOがいるが、それは人為的に生まれた悪魔である為、実際はこの3種類) この世界に10年前に現れた悪魔であるが、なぜかこの3種で明らかな格差が存在し、全悪魔がそれを共通して認識していた。 現在シルフに襲撃してきた獄魔7体は実力は殆ど同じで他の悪魔より強く獄魔7将が居なければ間違いなくトップレベルである。 しかし、この中の獄魔7体が束になっても獄魔7将を1体でも倒す事は絶対に出来ない。 理由は2つ。 獄魔7将はそれぞれ感情の魔力という特別な魔力を保有しており、単純に魔力総量が獄魔より高い事。 もう1つは。 獄魔7将はそれぞれの実力が同じではなく、はっきりとした実力差が個々にあるということ。 そう。その実力が突出して高い獄魔7将にとって、元の魔力が低い獄魔の存在など何の脅威でも無く敵でも無かった。 そして、獄魔にとって獄魔7将が本気で暴れられた場合。 それは人間で言う厄災と同じ、誰も止める事が出来ない事態となる。 「え、じゃあ俺に殺させてくれよ!それくらいいーだろ?俺殆ど何もしてねえし。」 「殺ればいーんじゃね?好きにしろよ。」 1体の獄魔が他の獄魔に許可を取り、仰向けになったカイルに近寄っていく。 「ハァ、やれやれ。アスモディウス様やサタン様には気を引き締めろみたいに言われたけど、呆気なかったな。」 カイルを見下しながら鼻で笑う。 「フッ。最後くらい、スカッとする様に魔力全開でいきたいけどな。一瞬で心臓潰してやるよ。オラァ…ん、何だ。こいつ、体から…」 バクゥッ!! カイルの背中から現れた黒いオーラ。 黒いオーラの中から蛇の様な形をした黒い魔力が口を開き、目の前の獄魔の上半身全てを食い千切る。 食い千切られて残った下半身は地面に倒れると食われた部分が黒く腐食し、肉片は物凄いスピードで霧散して跡形もなく身体が消えた。 「な、何が起きた?たった一瞬で…」 ガシッ!!ガシッ!!ガシッ!!ガシッ!! 状況の整理が追いつかない獄魔の後方に向かって、更に無数の黒い魔力が後方の悪魔達を襲う。 襲った先を見ると、黒い魔力は1本1本が太い腕の形となって1本の手が悪魔10数体を鷲掴みにしていた。 そして、鷲掴みした状態のままカイルの背中から出たオーラの中へと勢いよく引きずり込まれていく。 「うわぁぁぁぁ!!!!」 「動けない!!助けてぇぇ!!!」 黒い魔力の手によって引きずり込まれていく悪魔はもがくも解けず、そのままカイルの背中から現れたオーラの中へと消えていく。 そして全ての腕がカイルの中へと引きずり込まれると倒れた状態のままカイルは宙に浮く。 手足が脱力し顔も下を向いていたカイルは顔だけを上げた。 カイルの目は影を剣に纏っていないにも関わらず、目は赤くなっていた。 赤くなった目は最大限に開眼しながら辺りの悪魔達を睨みつける。 睨みつけられた悪魔はビビりまくり、残った獄魔6体はカイルの目を見て冷や汗を流す。 「この感じ…まるで、獄魔7将を相手している様だ。」 「え、嘘だろ!?あんな雑魚が獄魔7将?それはねぇだろ!獄魔7将で人間といるのはマモン様だけじゃ?」 ※マモンとはグレンの中に存在する強欲の悪魔、リフェルの本名である。 「だが、現にあの底知れない力…これは紛れもなく…」 そしてカイルは背中から更に無数の黒い魔力の腕を出した。 黒い魔力の手は次々と周囲にいた数万の悪魔を捉えていき、自身の背中から発生したオーラの中へと引きずり込んでいく。 その光景はまるで大災害に抗えない生物の終末期を迎えた様。 隕石の様に降り注ぐ無数の腕は容赦なく悪魔を掴んでいく。 「うわぁぁあ!!やめてくれぇ!!グぅッ!」 抗えず逃げる悪魔も身体を握り潰されながら引きずり込まれる。 他にも巨大な手で叩き潰されてから地面ごと掴まれて引きずり込まれる悪魔。2本の掌を使って圧縮されてから引きずり込まれる悪魔など残酷な殺し方をされた。 「間違いない!あの人間の中には獄魔7将が存在してる!…それも、一番ヤバいお方だ!」 「やはりね。この魔力、もしあの方があの人間の中から現れたら…"この世界"も飲み込まれてしまうわ。」 「そうなったら計画以前の問題だ!早く何とかしねーと!」 「無理だ…俺は逃げるぜ!こんな…こんなつもりで来たんじゃねえよ!」 一番最初にカイルを殴った獄魔がその場を立ち去ろうと全速力で逃げようとする。 しかし、それに反応したかの様に黒い魔力の腕は獄魔を追い手で捕まえた。 「うわぁぁぁあああ!!!嫌だ!俺はこんなとこで…こんなとこで死にたくはねぇんだよ!食われたくねえ!助けてくれー!!」 そしてあっさりとカイルの背中に向かって引きずり込まれていく。 そして数万といた悪魔が一瞬にして数10体の悪魔と獄魔5体へと減少し、手足が脱力した状態で浮いていたカイルは初めて地面に足を着けた。 背中に発生していた黒いオーラはカイルの全身に広がる事で真っ黒な膜状の物が手足を覆い纏った。 (鎧を纏う様なイメージの為、グレンやネルの様な皮膚が黒くなって悪魔化するのではない。) カイルは真っ黒な膜状に纏われた状態で掌を地面に合わせる。 合わせた瞬間、掌を中心に影の魔力が巨大な円状に広がっていき、それらは悪魔や獄魔の足元まで広がった。 この影の円はまるでカイルの影を使った領域の様であった。 「これは、さっきあの人間が使ってた影じゃ…」 「ヤバい!これはもう、逃げられ…」 その瞬間、悪魔や獄魔達の動きが止められ、歩いても無いのにカイルの方へと引きづられていく。 そう、これはカイルの影の領域と似ており影の円に入った敵を攻撃する魔法。 しかし、この魔法はカイルとは違う効果が追加されている。 一つは、影に入った者を動けなくする事。 そしてもう一つは、影に入った者を影の中心に引きずり込める事である。 今まで円から離れれば離れる程、威力が減少する影の領域。 しかし、その弱点をこの効果によって埋められた。 そしてカイルは近づいてきた悪魔達に対し、触れないまま両腕を振り回すと悪魔達の身体は食い千切られた様に肉体部分が無くなっていく。 何が起こったのか分からず食い千切られる悪魔達。 それはカイルの手足に纏われた黒い膜が理由である。 その黒い膜は相手に触れる事で、触れた相手の肉体部分を捕食する作用が働く。 そして影の領域に入った者は触れていなくても攻撃が当たる為、悪魔達はその捕食する作用が働く腕によって身体を食い千切られていたのだ。 カイルは狂気に満ちた表情をしながら腕を振るい続け、引きずり込んだ悪魔の肉片一つ残らず食らい尽くした。 獄魔は成す術もなく、1体を残して全員捕食されてしまう。 その1体も手足が無く食われた部分は黒く腐食していた為、すでに満身創痍であった。 そしてその悪魔に近づいていくカイルは赤い目を開眼させたまま、口角を思い切り吊り上げながら悪魔を見た。 「あっ…あぁ…どうか…助け…て…」 狂気に満ちたカイルの表情を見た悪魔は、涙を流しながら振り絞って命乞いをするがそれも虚しくあっさりと黒い腕によって捕食されてしまった。 悪魔に触れた自身の腕を手で拭きながらカイルは口を開いた。 「…久しぶりだったなぁ、悪魔食べるの。終わったよ、カーイル!」 …………… ここは、どこだ? 暗くて何も見えない空間に仰向けになって寝ていたカイル。 まるでネルの魔法に掛かった時と同じ様な空間だが思ったよりも居心地が悪く無い。 寧ろ気分が良い。 何でだ?さっきまで悪魔達に殴られまくって身体が動かなかったのに全く傷が付いてない。 「気付いた?」 そう思ってると暗い空間であったが、突然カイルの目の前に声の主の顔が至近距離で覗き込んできた。 「うわぁ!!だ、誰だ?」 その顔の主とは、人間ではなかった。 いや、人間の形をしていなかった。 巨大な黒いウツボの様な大きな口に、頭から身体へと視線を向けると全長5mほどの黒くて巨大な身体と前腕が異様に発達した巨大な腕。そして全身を覆えそうな巨大な翼が生えていた化け物だ。 まるでドラゴンの姿に似ていたが顔がウツボなので今にも食べられそうな感じがして怖かった。 だけど、さっき聞いた声はこの体型からは想像しにくい少年に近い高い声だった。 「君が戦いの中で倒れちゃったから、僕が代わりに出ちゃった!もう終わったけどね。」 やっぱり違和感しかない。イカついウツボの顔なのに無邪気な少年の声を発する化け物が物凄く気色が悪い。 でも、この魔力はレヴィアタンやあの悪魔祓い(グレン)に似てる。 こいつ、悪魔なのか? そう思うとカイルはすぐに警戒し、自身の双剣を鞘から抜いて構えた。 「お前は…一体何者だ?悪魔…だよな?」 「そーだよ。僕は7つに分断されし悪魔、獄魔7将の1人。暴食の悪魔ベルゼバブ。周りからはそう呼ばれてるよ。」 獄魔7将…あのレヴィアタンと同じ種類なのか? 確かにこの悪魔から感じられる魔力はとんでもなく、カイルは初めて戦わずして勝ち目がないと感じる。 さっきの獄魔が可愛く見える程だ。 しかし、剣を構え臨戦体勢のカイルにベルゼバブは慌てながら言った。 「え、そんな怖がらないで良いよ。大丈夫、カイルに攻撃なんてしないから。」 見た目から想像出来ない程、手を振りながら攻撃の意思は無いとアピールするベルゼバブ。 そして続けて言った。 「あ、名前だけどベルゼバブが言いにくいならベルゼとかベルとか略しても良いよ!」 何なんだ、この悪魔は。 あまりにも無邪気な喋り方をしていて、まるで子供の様だな。 ベルゼバブは巨大な身体を伏せながらイカついウツボの顔でカイルを見つめる。 普通に見れば恐怖映像だがベルゼバブの発言から名前の呼ばれ待ちをしてるみたいだった。 「おい、ベルゼバブ。聞きたい事がある。ここは一体どこだ?何で獄魔7将のお前が俺の前にいる?」 カイルに言われると顔を下に向け、明らかに落胆した様子を見せるベルゼバブだがすぐに顔を上げてカイルの質問に答えた。 「ここはカイルの中だよ〜。ぶ〜、せっかく良い呼び方提示したのに…ブツブツ。」 名前の略称で呼ばれなかったのが不満なのかブツブツ文句を言うベルゼバブ。 「俺の中だと?」 いわゆる自身の精神世界の様な所だな。前にもこんな感じの事が…ん? 「…そういや思い出した!お前確かネル・ナイトフォースの魔法に掛けられた時、俺の身体を乗っ取ろうとしただろ!?」 「え、何のこと?」 ベルゼバブは素のトーンでキョトンとしていたが、少し考えて答えた。 「多分その時は僕もあの黒い霧の魔法で操られてたみたいで記憶が無いんだよ。僕は幻術の対処が苦手だから。」 「どうでもいい!そもそも何で悪魔のお前が俺の中にいる?確か悪魔が人の中にいるのは悪魔祓いだけだよな?俺は悪魔祓いじゃないぞ。」 悪魔祓い以外の人間の中に悪魔がいる事は基本的には無い。 ベルゼバブは首を振りながら。 「ううん、カイルは悪魔祓いだよ。でも君が望んでなった訳じゃないけど。」 あっさり言ってしまうベルゼバブだが衝撃的な発言にカイルはビックリしていた。 「俺が…悪魔祓い?どういう…訳だ?」 悪魔祓い。それは10年前の超月食の日にキュアリーハートで国民の大半が悪魔と呼ばれる生物に成り果てたが、成らなかった者もいる。 悪魔に成らず、悪魔の力を使える魔導士を悪魔祓いと世間からは呼ばれている。 「俺はキュアリーハートの人間じゃないし、悪魔祓いになった覚えもない。第一、悪魔祓いになるには悪魔と契約して取引しないとその力は使えないんだろ?」 「キュアリーハートかどうか知らないけど、僕は超月食の時に近くにいたカイルと目が合って身体に入れただけだから。」 10年前の超月食。カイルは月がよく見えるイフリーク付近の山頂で家族と見ていた。 月が数々の星と重なり赤く輝く姿は神々しく感じ、少しも目を離さなかったのはカイルも覚えている。 「確かにあの夜俺は月をじっと見ていたよ。月を見てたから俺の中に入れたって事か?」 「そういう事になるのかな?僕も詳しくは知らないんだよ。でも僕は今のところ身体を乗っ取ろうとか考えてないから安心してね。」 今のところはって何だよ。いつか乗っ取る気なのか? やっぱり悪魔。油断は出来ないな。 「そんな事より聞きたい事はまだある!何で望んでもないのに俺が悪魔祓いなんだ?いつから悪魔祓いになったんだ?」 カイルの問い掛けにベルゼバブは思い出しながら答えた。 「そうだなぁ。確か、君が悪魔祓いになったのは8年くらい前かな?丁度君が怪しい集団に誘拐された時があったでしょ?」 「あぁ、確かにあったな。」 「あの時は君も思っただろうけど、もう死ぬんじゃないかと焦ってね。命の危険を感じて僕が勝手に取引しちゃったんだ。君の同意無しで。」 「取引を同意無しで勝手にやったって事?」 「普通はちゃんと悪魔と人間で契約の同意を成立させる必要があるけど、どういう訳か僕には相手の同意を無視して成立させる事が出来るんだ。何で出来るのか知らないけど。」 本来悪魔祓いは悪魔と契約する際、何かしらの対価を払って悪魔の力を手に入れる。 グレンの場合、元の人格と心といった対価をリフェルと同意した上でその対価を支払い、悪魔の力である黒炎と全属性の最上級魔法を扱える様になった。 故に、悪魔祓いの契約は両者の同意の上で成り立っており、この原則を無視して悪魔祓いに出来る悪魔は居ない。が、ベルゼバブはそれを無視出来るのだ。 「でも、流石に本来は相手の同意を無視するなんて普通出来ない事だから無茶な契約内容にはなってないよ。だからカイルの身体に負担掛ける様な対価じゃないから。」 「なら俺が知らずに払った対価ってなんだ?」 カイルが無理矢理払わされた対価。 見た感じ身体の一部やグレンの様に感情を無くしてる感じはないし。 「身長だよ。」 サラッと流れる様にベルゼバブは言った。 「…え、何て?」 「身長。」 何故聞き返すのかよく分かってないベルゼバブは首を傾げながら再びサラッと言った。 そしてプルプルと震えるカイル。 「身長を伸びにくくしたんだよ。ね、全然大した事じゃないでしょ?普通なら心とか寿命とか身体の一部分とか、結構失ったらハードな取り引きになるのを最小限に留めたんだ。」 「……」 カイルが震えてるのを気にせずペラペラと話し続けるベルゼバブ。 「それに身長なんて無くても生きていけるしね。たまに身長何cm以下は生きてる価値無いとかって言う人いるけど、そもそもあれの判断基準って何なんだろうね?それ聞いてると僕は悪魔だからあんまり分からないけど何となく「ああ、この人間は器も小さいんだな」って思っちゃうよね!」 「……」ピキッ カイルの中で何かが切れる音がする。 「でも身長が無くても何不自由なく食べて寝て生きれたらそれだけで幸せだよね!そんな小っさい事なんて気にせず前向きに生きてれば…」 「おい。」 先程までプルプル震えながら黙っていたカイルがドスの聞いた声を放つ。 「どうしたの?」 怒りで震えていたカイルは両手で双剣の持ち手を握りしめ、一瞬で影を円状に広げた。 そして一気に剣を振るった。 しかし斬撃はベルゼバブの身体を透き通り、傷一つ付かなかった。 「なっ!?」 「うわっ!ちょっと、どうしたのカイル?何で怒ったの!?」 ベルゼバブに傷は付いていないが、何故怒ったのか慌てながら聞いた。 「…そうか、ここは俺の精神世界だからお互い攻撃が当たらないのか。」 実態のない魂の状態である為、物理的なダメージは精神世界では与えられないのである。 「そうだよ。え、何で怒ったの?身長伸びなくなったら嫌なの?」 「そりゃそうだ!確かに生きてる上では不自由は無いけど、時に身長が低いってだけで社会的にハンディキャップを背負う事だってあるんだ!」 「例えば?」 「身長が低いと手足の長さもそれだけ小さいから筋肉も付きにくい上に攻撃範囲が狭くなる。体重も軽いから攻撃の威力も高身長に比べたら低くなりやすいんだよ!」 実生活というより戦いにおいてのデメリットを説明するカイル。 「確かに、それは不便だね…僕が軽率だったかも。」 「そして後もう一つは一番屈辱的な奴だ。それは…」 「それは?」 「…女性に、子供扱いされるのがどれだけ屈辱か…考えた事あるか?」 そう、カイルの一番の悩みはこれである。 初対面でミーナと会った時にカイルは身長が低かった為、少し子供扱いされていたがこういう事は日常茶飯事といっていいくらい多かった。 その度に向こうから謝られては苦笑いで気にしないふりをしながら対応し続けてきたカイル。本当はかなり根に持っていた。 ベルゼバブは悪魔なのでこの事にはあまり共感していなかった。 そしてカイルはまだ続けた。 「お前みたいに図体がデカくて強そうな奴には分からないだろうな!身長が低いってだけで相手に舐められるのがどれだけ屈辱的なのか。相手の印象なんて所詮外見だ。外見を気にせず中身を見ろなんて只の綺麗事だ。」 「……」 「身長を気にせず生きれるなら気にしないさ。でも外見で判断されてばかりだとどうしても身長を気にしてしまうだろ!だから、俺にとって身長が無いのは手足が無いのと一緒だよ。」 カイルの話を途中から黙って聞いていたベルゼバブ。 そして口を開く。 「そうだね。人間も悪魔も、相手を外見や雰囲気だけで判断してしまう。だから、取り返しが付かない事になってやっと気づくんだよね。」 「でも、僕もカイルの気持ちは分かるよ。だって…」 するとベルゼバブの身体はみるみると小さくなっていき、カイルより背の低い人間サイズへと変化した。 身長が120cmくらいに小さくなったベルゼバブは白銀の髪にクリッとした黒い瞳の目、袖のない白いシャツと黒い短パンを履いた少年の姿をしていた。 「何だその姿?」 「これが僕の本当の姿だよ。見た目は人間でいうところの8〜10才くらいかな?」 服から出た手足は白くて細く、とても先程の化け物とは思えない程の変わり様だった。 目も大きいし顔だけ見たら可愛い子供にしか見えない。 「全然印象違うでしょ?」 「そうだな、悪魔に見えない。どちらかというと天使みたいだ。」 「それ、貶し言葉?」 露骨に不機嫌そうな顔になるベルゼバブ。どうやら悪魔にとって天使に似てるという言葉は禁句らしい。 そんな事を言いつつもベルゼバブはすぐに笑顔になった。 「ね、そんなもんだよ外見からの判断っていうのは。所詮相手は最初に外見や雰囲気から情報を得てどんな人か分析するし、話す事が無ければ外見の判断だけで分析を辞めてしまう。その人がどんな人かなんて知ろうともしない。でも、大抵はそんな奴の方が多いと思うんだよ。」 「確かに…。」 その通り過ぎてカイルは何の反論もせずに肯定した。 現に、カイルはベルゼバブの本当の姿を見て真っ先に思った事は外見からの判断だ。 「だから、他人からの外見的な評価なんて気にしない方が良い。何も知らない人より、君の事を分かってくれてる人の評価の方が何倍も価値があると思うから。」 そう言われると真っ先に頭の中に浮かんだのはエミルだった。 「確かに、自分の事を知ってる人さえいればそれで良いかもな。」 「でしょ?だから身長なんて…」 「それとこれとは別だ馬鹿野郎…でも、ちょっと気が楽になった。」 まさか、悪魔に安心させてもらえるとは思ってもみなかった。 でも、ベルゼバブが言った事はどこか自分の経験を話してる様にも聞こえた。 「ありゃ、ダメだったか。でも僕はさっきも言った様に身体は乗っ取らないしなるべく君の戦いも邪魔はしない。」 「じゃあ何の為に俺の中に居るんだ?」 「んー、そうだねぇ?…居心地が良いからかな?」 「何だそりゃ。」 パッとしない理由を言われたカイルは思わず吹き笑いをした。 「そういう訳だからこれからも宜しくね!…って、さっき戦いの邪魔はしないって言ったけど、もうちょっと身体借りるよ。」 するとベルゼバブは先程とは違い、真剣な表情に変わった。 「今現実世界の君の前に僕と同類の悪魔が来た。」 「えっ!それって、レヴィアタンの様な奴か?」 「そうだよ。でも大丈夫!僕が追い払ってあげるから。だからもうちょっとだけ借りてるね!」 そう言ってベルゼバブは再び現実世界へと目覚め、目の前の獄魔7将と対面した。 カイル(現在はベルゼバブ)の目の前に居たのは獄魔7将の1人。色欲のアスモディウス。 赤い地獄(レッドヘル)に滞在しており、リフェル(マモン)やレヴィアタン、ベルゼバブと同じく七つの罪の名を持った悪魔。 手足の細いスタイリッシュな体型に金の長髪にウェーブが掛かった大人な女性の姿。 服装は黒いワンピースと普通の人が見れば20代くらいの清楚そうな感じであるが、右の頭部に右湾曲した短い黒い角が生えている。 「全く、余計な事をしてくれたわね。暴食のベルゼバブ。」 アスモディウスの小さな顔に付いてる粒らな蒼眼はベルゼバブを冷たく睨みつける。 アスモディウスは続けて言った。 「貴方のせいでせっかくの計画が台無しよ。まさかここに居た悪魔が全員捕食されるなんて…。」 「久しぶりの食事だからね。魔力回復にもなって良かったよ。」 「相変わらず色々ぶっ飛んでるわね。…まあいい、それより貴方も私達の仲間になりなさい。これは命令よ。」 アスモディウスの綺麗な白い皮膚から黒いヒビが入り両眼の蒼眼を中心に広がっていく。そして最後の言葉と同時に目を最大限に開眼させると蒼眼は赤色に変色した。 怒りを露わにすると悪魔の魔力が漏れ出てしまい、綺麗に整った顔の皮膚が黒くヒビ割れてしまうのである。 怒りを露わにしたアスモディウスに対し、ベルゼバブは。 「うわぁ、黒いのがシワみたいになってるね。怒ってるの?」 煽り散らかした。 「当たり前よ。大量の悪魔どもを送り込んでシルフの国民を全員悪魔にする筈だったのよ。貴方のせいでどれだけの損害が出たか分かる?」 「んー、それは君達の作戦が甘かっただけじゃ無い?僕には関係ないし、責任転嫁は辞めて欲しいな色欲の…オバさん?」 パッとアスモディウスの名前が出ず、煽った発言を続けるベルゼバブ。 それに対してアスモディウスは更に怒りが込み上がり、周囲に黒い魔力を充満させる。 「本当に…頭に来るわね。その間の抜けた様な発言が昔から気に食わないのよ。」 「あっそ、で?やるなら来なよ。その為にカイルに身体貸してもらってるんだから。」 「くっ…」 アスモディウスは怒りで歯を噛み締めるが無闇にベルゼバブに突っ込まない。 獄魔7将同士の戦いでは対面しただけで相手の力量を測り、決着までの道筋を瞬時に予測出来る。 予測した瞬間、アスモディウスはベルゼバブに無策で突っ込んでも勝ち目が無い事を予測してしまったのだ。 故に、獄魔7将同士とはいえベルゼバブという存在は底知れない存在であった。 歯を噛み締め魔力を充満させるアスモディウスは突然周りに充満する魔力を沈めた。 「…あの悪魔の量を捕食した今の貴方に勝ち目は無いようね。分かった。今日の所は引くとするわ。」 目の周りに入った黒いヒビも無くなり、綺麗な白い肌へと戻っていく。 そして立ち去ろうとするがベルゼバブがそれを制止する様に声を掛けた。 「待ちなよ。尻尾巻いて逃げる前に教えてくれない?君達がこの世界に来て何がしたいのかを。」 後ろを向いてるアスモディウスは顔だけ回してベルゼバブを見た。 「仲間でもない貴方に教えるとでも?」 「教えてと頼んでるんじゃ無いよ。只では帰さないって言ってるだけ。」 ベルゼバブは自身の身体の後方に黒い魔力を発生させ、戦闘体制に入った。 流石のアスモディウスも只じゃ済まないと感じたのか、仕方なく聞かれた事に返答した。 「大した事じゃないわ。私達は、只この世界で人間に代わって平和に過ごしたいだけ。その為には、あのお方の望みを叶えなければならないの。」 「あのお方?」 「ええ、そうよ。貴方も平和に過ごしたいからその人間の中に居るんじゃないの?」 「…」 「図星ね。ではこれで失礼するわ。次は私の力も本領発揮するつもりだから、今回みたいに運が良い事は無いよ。」 そう言ってアスモディウスは目では追えない速さでその場から消える様に移動した。 アスモディウスが去った後もしばらく俯いて黙り込むベルゼバブ。 (ベルゼバブ。終わったんなら早く身体返してくれ。) 身体の中からカイルが話しかけ、身体の返却を催促した。 「あ、ごめんね。返すよ。」 そう言ってベルゼバブはカイルに身体の主導権を返した。 「…なあ、ベルゼバブ。お前にも色々あったんだな。」 (聞いてたんだ。…そうだね…) カイルはそれ以上深く聞かなかった。自身の精神の中にいるベルゼバブの感情はカイルには伝わる為、あまり聞いてほしく無いのだと察したからである。 「…まあ、あれだな。大人しくして何も悪さしないなら、俺の中で良ければ居させてやるよ。」 少し照れ臭そうに言うカイル。するとベルゼバブは。 (本当かい?やったー!!これからも宜しくね!) いきなりテンションを変えてきたベルゼバブ。 本当に子供みたいだな。味方だと怖さが全然分からないけど、敵に回すと怖いタイプか。 「それより、早くシルフに戻らないと。」 カイルは再び自身の影に乗り、グレンやフィナの居るシルフへと戻った。ライクとニケルは城の裏側にある人気の無い場所へと移動した。 後ろから尾行していたロゼアは壁に隠れながら、ライクとニケルが話をしているのを覗き込んでいた。 …側から見れば只のストーカーにしか見えない。 壁の向こうではライクから先に声を掛けていた。 「で?どうしたんだよ。さっきも、お前一言も喋らなかったし。」 先程の会話でも、ニケルは浮かない顔をしながらグレンやグロードの話を聞いていた。 その理由は。 「…僕達とグロードさんの関係って、これからどうなるのかなと思って。」 「グロードとの関係?」 何を言ってるのか分からないライクだが、ニケルはそのまま説明を続けた。 「大恩あるグロードさんの事を、僕はずっと亡くした父親の様に思ってた。本当の父親じゃ無い事は分かってる。だけど、まるで親子みたいな今の関係性が僕は好きだったんだ。」 「けど、生き別れた本当の息子であるグレンが戻って来たら、もうそんな関係には戻れないのかなって…。」 ニケルの悩み。それは本当の息子であるグレンが戻ってきた以上、自分達はグロードの息子の代わりにはなれないという事である。 また今までの関係性も変わってしまい、もうグロードに相手にされないのでは無いかという不安もあった。 「勿論、グレンと再会出来た事は僕も嬉しいけど。…やっぱり良いな。本当の親が生きてるのって。」 月の民殲滅戦で両親を亡くしてるライクとニケル。特にニケルは子供の頃は甘えん坊であった為、親への未練はライクよりも強い。 親の居ない2人にとってグロードは父親同然。しかし、本当の父親になる事は出来ない。 そう思うとニケルは、少し寂しく感じていた。 それに対してライクは。 「ニケル…お前の言う様に、あいつは俺達の父親じゃねえし、俺達があいつの息子代わりになる事も出来ねえ。」 「……」 「でもよぉ、俺達とグロードとの関係性は何も変わらないと思うぜ。」 「…え?」 落ち込み俯いてたニケルはライクの顔を見た。 「俺もあいつの事は父親みたいに思ってたけど、どっちかと言えば師匠に近い感じだな。それに、あいつは面倒見が良くて、いつも丁寧に俺達の修行に付き合ってくれた。」 「優しい奴だからさ、例え息子が居ようと俺達との師弟関係まで変わる事はねえよ。」 「ライク…
魔導兵器ラウスを倒した事と、北の軍事兵器もグロードが破壊した事により、北の大国が今後攻撃してくる事は無いだろう。北の大国は多くの軍人と軍事兵器を失った事により、いずれ国の財政が崩れ破綻に追い込まれる事となる。戦う力を失った北の大国ウンディーネは結果的に敗戦国となり、これにより東北魔導大戦は事実上終結する事になる。しかし東の大国も無傷という訳にはいかず、今回の魔導兵器ラウスとの戦闘によって沢山の死傷者が出ていた。それだけではない。東の大国の主戦力が戦っている間、手薄になった城内にて更なる事件が起こってしまう。ノーム王の暗殺。戦いが終わった後、城内へ行くとそこは戦場と同じくらい凄惨な状況となっていた。医療班の人も殆どが殺されており、警備の者達に関しては、肉体が残っていれば運が良かったと思えるくらいバラバラに殺されていた。一体誰が実行したのかは不明。しかし、こんな事をするのは1人しか居ないとグロードは気付いていた。「…ベリエル!」見たところ胸部を刺殺(しさつ)されて殺されている様に見えるが、医療知識が豊富なグロードはノーム王の身体を少し触れただけで他の殺害方法で殺されたのだと判断する。「…内臓が全て潰されている。まるで身体の中をかき混ぜられたかの様に……許せない。」あまりにも残酷な殺し方をされている為、グロードは沸々と怒りを覚えた。この場には他にグレン、ミーナ、エミル、ライク、ニケル、フィナ、ネル、そして八握剣(やつかのつるぎ)のギンジが居た。カイルとロゼアとアルバスは意識を取り戻したが、戦いで受けたダメージが大きく、今は休んでいる。他の八握剣(やつかのつるぎ)も同様に、命に別状は無いが大掛かりな治療が必要な状態である為、カイル達同様にこの場には居なかった。ノーム王が殺されている姿を見て先に悲しんだのは、当然八握剣(やつかのつるぎ)のリーダーであるギンジであった。「ノーム王…くっ…何で、こんな事に!」ギンジは両手を握りしめ、悔しさと悲しみで顔を横に向きながら涙を流していた。王の懐刀である八握剣。そのリーダーともあろう者が他のメンバーを救えず、更には王の命さえも守る事が出来ず、ノコノコと生き残ってしまった。ーー俺のせいで…役立たずにも程がある!しかし、それに対してミーナが。「ギンジさん。自分のせいだなんて思わないで下さい。皆んな
そして更に4年後。ラウスは18歳になり、ルーファスは9歳となる。ラウスは高校3年の学年となり、全ての成績において優秀な成績を収めていた。幼い頃から教えられた事は殆ど完璧にこなすその姿を見て、いつしかラウスは神童と呼ばれ将来を期待される様になる。しかし、ラウスは魔法を仕事にする道は選ばずそのまま農作業を営み続ける道を選んだ。当然教師はラウスを説得するもキッパリと断った。自分の将来の夢よりも、ルーファスの側にずっと居る事の方が大事だったからである。こうして学生の頃はそれなりに有名だったラウスは、突如として公の場から姿を消したのだ。一方、ルーファスもラウス同様に成績が良かった。ラウスが合間を縫って勉強を教えているのもあるが、どうやらルーファスも少し教えればすぐ覚える事が出来るのだろう。「(流石は俺の弟だな。)」勉強を見ていたラウスは心の中でルーファスを誉めていた。ある日、ルーファスはこの家に元々住んでいた老夫婦の写真が飾ってある仏壇を見て質問してきた。「兄さん。この人達って、僕達とはどういう関係なの?」あの頃、まだ赤ん坊だったルーファスはこの家に元々住んでいた老夫婦の存在を知らない。「この人達はね、俺達の親みたいな人だよ。本当の親じゃ無いけど、親のいない俺達の面倒を見てくれた人だ。」亡くなった老夫婦の事をラウスは自分の親だと思っており、ラウスにとっては生きていく術を教えてくれた恩師でもあった。「そーなんだ。…じゃあ、僕達の本当のお父さんとお母さんは?」1番聞かれたく無い質問をルーファスは悪気なく聞いてくる。当然である。ルーファスは親の事を何も知らない為、本当の親が気になるのは当然の事。…そっか、あの時お婆ちゃんはこんな気持ちだったんだ。そりゃ、言いたく無いよね。ラウスはルーファスに聞かれた事により、あの時のお婆ちゃんの気持ちが少し分かった。あの時から親の事はあまり思い出さない様に生きてきたラウス。正直、あまり親の事を聞かれても何て言ったら良いのか分からなかった。只、ラウス自身が抱いてる気持ちとして言った。「…ロクでも無い人達だよ。父親は俺と母親を置いて出て行き、残された母親も親の責任を放棄して出て行った。」まだ子供に言うべき事では無いのだろうが、ついつい自分の感情任せに言ってしまったラウス。「そうなんだ。…でも僕、少し会
お母さん…何で帰って来ないんだよぉ…。俺1人でどうしたら良いの?どれだけ待っても帰って来ない母親のヒスイ。既に半日以上待っていたのだが帰って来る気配が無い。ラウス自身、半日以上何も食べていない為、空腹が限界を通り越していた。「おぎゃー!!」泣き叫ぶ弟のルーファス。生後3ヶ月の赤ん坊。お腹も空くし、オムツもしてるから替えてあげないといけない。その他にも、身体を清潔にしないといけない。…どうすれば…。ラウスは寝室で泣いているルーファスの所へ行き、様子を見た。「おぎゃー!おぎゃー!」「凄く泣いてる…こんな時、お母さんどうしてたっけ?」ラウスは普段、母親がどうやってルーファスの世話をしていたのか思い出していた。そしてヒスイが何をしていたのか思い出したラウス。「…まずは、オムツかご飯か。どっちかだけど…嫌だなぁ、オムツの匂いを嗅ぐのは…」それでも我慢してオムツの匂いを嗅ぐラウス。「…多分こっちじゃ無いか。じゃあミルク作らないと。」ラウスは台所にルーファス用のミルクが保管されている所を覚えていた為、そこに行ってミルク粉と哺乳瓶を取り出す。「えっと…先にお湯を温めるんだっけ?」初めての事でどうすれば良いか分からないラウス。しかし、取り扱い説明書があったので、それを見ながら何とか作って哺乳瓶に入れる事が出来た。「よし!後は水で冷まして…よし!」人肌まで冷まし、ラウスはそれをルーファスに飲ませる為、ベッドから起こした。「おーよしよし!ミルクだよ〜。」ヒスイが言ってた様に真似しながら、ルーファスにミルクを飲ませてあげるラウス。ルーファスは勢いよくミルクを飲んでおり、よっぽどお腹が空いていたのが見て分かる。半日、何も食べなければ大人でもお腹が空くに決まってる。「俺も何か食べないと…。」そう言ってラウスは戸棚にある非常食を取り出し、空腹を埋める為にそれらをお腹に詰め込んだ。見たところ、非常食やミルクの量から数日は持つだろうと判断した。しかし、この食料が無くなったらどうしようかと。ラウスはそれが恐怖で堪らなかった。「どうすれば…後、お金だけど。お母さんの貯金でどれだけ過ごせるのか…。」勝手にお金を使う事に抵抗感があるも、生きる為には仕方ないとヒスイが管理してる通帳を確認する。子供では見た事の無い数字に驚くラウスであったが、実際の
真っ暗な暗闇の中。1人の女性が下を向きながら何かを覗き込んで泣いていた。「…ラウス……ルーファス……どうして、こんな事に…。」その女性はヒスイであった。ここは死後の世界であり、この暗闇の空間は死後の世界へ行く前の道。死後の狭間である。ヒスイは死後の世界へは行かず、死後の狭間にある暗闇の空間で家族を見守りながら待ち続けていたのだ。そして現世を見ながら自身の息子達が戦う姿を見て涙を流していた。すると後ろから。「…2人が戦っているのか?」その声の主はヒスイの父親であり、グレンに龍技の真髄を教えた竜の民のドグマであった。後ろからドグマに言われたヒスイは、涙を流しながら振り返る。「…お父さん。」「ヒスイ。…お前も辛いのは分かるが、今の俺達には見守る事しか出来ない。」そしてヒスイの隣に座り、現世で戦うグレン(ルーファス)とラウス。2人の戦いを覗き込む。「信じるしか無い。グレン…いや、ルーファスの事を。そして、あいつの強さを。…きっとあいつが兄を救ってくれる筈だ。」ヒスイはグレン(ルーファス)が生後3ヶ月の時にこの世を去った。ドグマもヒスイが家を出てから、自分に孫が居る事も知らずに30年間虚しく過ごしてきた。しかし、その孫であるグレン(ルーファス)は偶然にもヒスイの父であるドグマと出会い、龍技の真髄を教えてくれた。運命が知らない内に引き合わせてくれたのだ。そして今、ドグマに教えられた龍技の真髄によりグレンは、魔導兵器となり殺戮の呪縛に囚われた兄ラウスを救う為に戦っている。自分の弟子であり、孫でもあるグレンをドグマは信じていた。「(グレン。お前の生き様を、今こそ見せてくれ。)」ドグマの墓前で言ったグレンの誓いに対し、心の中で返答した。信じる事しか出来ないヒスイとドグマは、ラウスとルーファスの行く末が少しでも救われる様に、両手を合わせて祈る。あの世でヒスイとドグマが見守る中、現世ではグレンとラウスの死闘が繰り広げられている。戮力体竜変(りくりょくたいりゅうへん)によって竜人化したグレンは先程とは違い、身体機能が大幅に強化される。自然魔力を体内に取り込む戮力体竜変。それにより身体に現れた竜の鱗は鋼をも上回る強度を誇る。その拳でラウスの胸部を殴る。バコォォォン!!!グレンの拳により、ラウスの硬い胸部は拳大の大きさに凹んだ。グレ
ミーナ達はネルの空間移動でカイルやエミルの救出に向かっていた。エミルはアルバスとロゼアを氷で作った台車に乗せて運んでいたが、その途中で見つけられる。意識を失っていたアルバスとロゼアはミーナの光の回復魔法によって意識を取り戻した。「あれ、ここは…。」目を覚ましたロゼアはゆっくりと目を開ける。「お、気が付いたか!大丈夫か!?」視界に入ってきたライクは心配そうに声を掛け、その声で徐々に意識がハッキリしてきたロゼア。「え…何で…?ライク?」「ああ。俺達は丁度さっき戻ってきた所だ。大丈夫か?」「…心配、してくれてるの?」今まで北の大国では心配される事の無かったロゼア。半分信じられないといった感じでライクに聞いた。「ああ。お前も俺達の代わりに戦ってくれてたんだろ?俺達が不在の中、良くやってくれたぜ。本当に感謝してる!」ライクは笑顔でロゼアに言うと、ロゼアは嬉しさで左目からジワッと涙が溢れてきた。ライクの笑顔を見れて良かったと、安心していたのだ。ネルも同様に、目を覚ましたアルバスに一言声を掛ける。「…僕との約束、ちゃんと守ってくれたね。」「…ごめん。倒す事は出来なかった。」「仕方ない。後はあの男(グレン)に任せよう。」短い会話ではあるものの、ネルは約束を守って戦ってくれたアルバスに感謝した。そして次はカイルの所にも空間移動した。転移した場所でカイルはボロボロの状態で倒れていた。ミーナとニケル。2人の回復魔法を使ってようやく意識を取り戻したカイル。普段タフなカイルであるが、意識を取り戻してもその声はか細く弱々しかった。「…みんな…帰ってたのか?…」「カイル君!エミル、カイル君が目を覚ました!」意識が戻った事を確認したミーナは慌ててエミルを呼んだ。エミルも慌てながらカイルの顔に近づいた。「カイル!」「エミル…良かった…無事だったのか…。」「馬鹿!いつもいつも!自分の事を後回しにして!本当に馬鹿!」ボロボロと涙を流しながらカイルに対して言うエミル。それに対してカイルは一言。「…ごめんな。」そうエミルに言うと、エミルは更に号泣しながらカイルの胸元で泣きじゃくった。「カイル君。連絡してくれてありがとう。今ね、グレンが戦いに行ってるの。」「グレン…そうか。なら、安心だな。」そう言うとカイルは安心した様に目を閉じて眠った
「ハァ……ハァ……。くそっ……!」 肺が焼ける。喉が血の味でひりつく。 少年は石畳に膝をつきかけ、歯を食いしばって体を起こした。 脚が、動かない。 抉られたふくらはぎから熱いものが流れ落ち、足を引きずるたびに肉が裂ける感覚がした。 ――空が、赤い。 夜空に浮かぶ月が、あり得ないほど真っ赤に染まっている。 その光に照らされた街は、血の匂いと焦げた臭いで満ちていた。 昨日まで、ここは平和だった。 魔法と品物にあふれ、誰もが当たり前のように笑って暮らしていた国――キュアリーハート。 なのに、深夜零時。 赤い月光が国を覆い尽くした瞬間、世界がひっくり返った。 家々から悲鳴が上が
時は少し遡り、場面はミーナとイフリークの国民達に変わる。現在、彼女らはティラーデザートとは別の場所で窮地に立たされていた。大量の悪魔達が周囲を取り囲み、エミルと騎士団の人達が応戦している。それを何もできないまま只々見ているだけのミーナとイフリークの国民達。国民の中には、騎士達が守らず心臓を取られてしまう者もいた。何故、この様な事になったのか。どうしてティラーデザートから離れた場所にいるのか。現在に至るまで更に30分程、時間を遡る。シルフを目指し、猛暑の中を歩き続けるイフリークの国民達は途中で大きなクレーターを発見した。「何だ、この大きなクレーターは。隕石でも落ちたのか?」「
この時の俺はどんな人だったのか、今でも鮮明に覚えている。しかし、どうしても思い出せない事が1つある。自分の本当の名前だ。名前は悪魔祓いになったと同時に捨てたからだ。今も過去の記憶は覚えてても、自分の名前に関する記憶だけはどうしても思い出せない。覚えているのは、楽しかった日常が一夜にして地獄に変わってしまった事。そして…あの時俺を逃してくれた俺の兄の最後を、俺は今でも覚えている。11年前ーキュアリーハート。それは(癒しの心)という意味を込められた平和の国。この国は東西南北にある四大国の中心に位置している。四大国に比べて経済力があるとか、規模が特別大きいなどそういった事はなく
「月の民殲滅は確かにシルフの国王が提案し、様々な国の魔道士達を招集させて殲滅していく、というのが一般的に知られている事です。」 「はい、俺もそういう風に聞きました。」 「でも本当は違うの。シルフの国王は元々平和主義を心掛けていた心の優しい人で当時も月の民殲滅には反対していたのです。けど、あの男が来てからシルフの国王は変わりました。」 「それは、さっき言っていた思考を操る魔法か?」 フィナの口ぶりで何を言いたいのか察したグレンが口を挟んだ。 「はい。12年前に突然やって来たハイド・スペクターが原因だと思います。彼は何故なのか分かりませんが会った当初から国王に気に入られ、その日







